2010年7月11日日曜日

「熊野ビオトープ」、その建築物の発端

寮の中庭、A棟とB棟の間にある空間は、
数年前まで誰にも手を付けられず荒れていました。
雑草は生え放題、ゴミは捨てたまま、グシャグシャの腐った土で、下のコンクリも見えません。
歩くのなんて嫌になるぐらいです。

そんな場所を、一気に片付けてくれた寮生がいました。
彼がゴミをさらい、雑草を根こそぎ削り取ってくれたおかげで、なんとか歩けるようになりました。
掃除をするというのは、本当にいいものです。
何かした方がいいかなー、と思いながら、ぼくは二階でタバコを吸っていました。

それから2年ほど後、知り合いのマキシが「みかん祭りやろうぜ!」と言い出します。

イタリアには、トマト祭りというのがあるそうです。
熟し切ったトマトをぶつけ合って、ある意味戦争、カオス状態になるのですが、
それをみかんでやろう、と。

第一回目が行われたのは2年前です。
場所は片付けられた中庭にある、池。「民青池」と呼ばれていました。
彼のコネクションで入手したみかん数箱分を、その池の両側からぶつけあいます。
相手の的を、投げたみかんで倒せば勝ち、というわけです。
特に大きな告知もありませんでしたが、熱気のあるイベントとなりました。

そしてその1年後、今度は、マキシは「みかん祭りのシンボルを作ろう」と言います。
言い出した当時、ぼくは何も聞いていなかったのですが、
なにやらその池で、細い材木を組んでいたのを覚えています。

それと前後してごうへいくんは、池のそばで作業場をこしらえていました。


続きはまた今度。

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