2010年8月20日金曜日

ビラができました。郵送したい!


ビラができました。
楽しい会になるといい。表↑ 裏↓

ビラ、郵送します。ご連絡ください。goheygohey@gmail.com
このビラ、透かすと設計で意図された内接する球がみえる仕掛け。

ごうへい

2010年8月17日火曜日

こけら落としの、そのまた準備の夜 8月28日

昨日は送り火でしたね。すっかり秋に向かっているような残暑。

今月にお祭りを。と思っています。

ここは一つ、これからここが、どんな場所にしていくかを

話す、試す、こころみの宴会。こけら落としの準備会。

というのは、準備の過程で決まってくるものがあるだろうし、

そこは、今いる人と共有しておくと、今後の月日にいいのじゃないか

と思ったからです。

ご飯と飲み物くらいあって、鎌田先生法螺貝吹いてくれるとおっしゃってるし、

なんか、まずはばっちりな気がしました。

予定が合う人是非来てください。お待ちしております。

8月28日 17時から夜まで

於:熊野寮中庭尋牛地

のみのもの生ビール・ほうじ茶用意します。

ご飯、考え中。提案即採用募集中。

ごうへい

2010年8月12日木曜日

8月1日の棟上の日の動画を

台風の観察

昨夜は台風の観察を兼ねた、泊まりを床でしました。

三時過ぎより降り出した、台風が雷を伴い

五時から六時にかけて京都を通過。

明け方の雨の中、十字部の中心で座りながらら雷を見ていると

目をつぶっていても道筋がみえて満足でした。

音と雷の時間差が数十秒あったため、比較的安心して眠りました。

昼頃おきて帰路に着きました。

2010年8月10日火曜日

建築物の名前 つづき

名前、なんと呼ぶか。

このことは、今回何を作ってるのかを聞かれるたびに、なんて応えたものか

いまいちパキっと応えられなかったことと同じ難しさの問いです。

足がかりにするイメージはある。けれど、それが何か分からない。簡単にイメージを伝えられない。

用途を答えることが出来れば、なんで出来たかの説明になるので、それについて書きます。

みかん祭りのために出来た、と言えばみかん祭りとは何なのかという話に移ってしまうので、

祭りのために出来た、と言ってみます。(※1)

京都には沢山のお祭りがあります。伝統的なものから、その場限りのものまで。

お祭りが出来る場所には条件があって、人が集まれる必要があります。

ここで、誰が集まれるかということが重要です。

主旨、主催者、その場の雰囲気などに制限され、お祭りは輪郭が出来上がります。

この輪郭に弾かれて入れないことも間々ある。

話を私の京都生活に絞ってみます。

伝統的なお祭りではない、人の集いのある場所って例えば

吉田寮は、、、西部講堂は、、、熊野寮は、、、といった場所のイメージと密接に繋がっている。

伝統のお祭りも、町内会や宗派にきっと繋がっている。

このイメージは、過去にそこであった記憶の産物で、沈殿物で、醸造物であるから、

そこで新しいものが出来て、皆にとって知らないものが出来ることが、密接に繋がってしまった

イメージの風通しを良くするのではないかなと期待しています。

リセットされた場所が京都で欲しい。

その代謝に関わりたい、というのはこの企画に参加した動機の一つです。

最初の一転がり目で、何が起こるかなと思って、こけら落としを今月末にやりたい。

(※1)
この「祭り」で言いたい事は、

同所で同時に起きた事を、携わった人が記憶することで

時間に区切りがつくような経験です。

だから何を区切りたいのかが重要になってきます。

2010年8月6日金曜日

建築物の名前

とうとう、先週末に上棟式が行われました。

思えば、この作業を手伝わせてもらってから約1年。
材木の見方、ノコの挽き方、ノミの打ち方、ものの考え方(いろいろ考えていてあまり思い出せないくらい)などなど、新しい体験がたくさんありました。
その作業の積み重ねが、こうやって一つの形となって目の前に現れている。それは、不思議な感慨をいだかせます。
昨日も帰宅してから、中庭に入って眺めていました。

でっかいなあ。下から見ると、やっぱそびえ立ってるよ…。


はじめに材木がやってきた頃、このでっかいので何を作るのか全く想像できていませんでした。
少なくともごうへいくんの頭の中では設計図があったようですが、恥ずかしながら、ミニチュアを見せてもらうまで分かっていませんでした。
(実は、組み立て方は棟上げの2?ヵ月前にやっと分かったんですが)

さて、今回は話の続きを書こうと思ったのですが、けっこう覚えていないんですねこれが。
もちろん、何かの折に思い出したりもするんでしょう。その都度書いていきたいと思います。


今日は、熊野ビオトープにあるこの建築物の呼び名について。
そもそも、これは熊野寮で数年前から開催されているみかん祭りのシンボルとして計画されました。
そのために当時は、「シンボル」「ご神体」と呼ばれていました。

しかしここでは、"特定の宗教的要素を持ちこむものではない"ことをポイントとする必要があります。
当然です。大学の敷地内で、しかも熊野寮という自治的活動を旨とする場所で特定の宗教を掲げるわけにはいきません。
そもそもそういう目的で作るって話では聞いてないし。


仮にこの建築物が「ご神体」と呼ばれたとしても、それはどちらかというと、
「シンボル」「マスコット」のニュアンスをもっているとして理解してもらいたいと思います。
すでに京都新聞で取り上げられていますが、「鳥居」という表現も、イメージの一つとして用いられたと考えていいでしょうね。
http://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20100802000154

今後は「オブジェ」で通すことになりそうです。
ここまでくると何でもいいんだけどね。 名前をつけるのが大切なのではないんですよ。


とはいっても、「じゃあここは思想的にはフラットな場所なのか?」という(半ばヒステリックな)疑問もいずれ挙がるでしょう。
(こういう話題を持ちこむこと自体ヒステリックなのかもしれないけど)
それについてはまた追い追い。絶対話長くなりそうだし。

そして、どんなことを考えてこれを造っていたのか。
ごうへいくんもこの話題を挙げてくれると、もっと面白いかも。よろしく。

2010年8月5日木曜日

場所がきっと動き出す

思えば5年前。吉田寮に住みながら、人の集まる場所っていいなと思っていました。

高山建築学校に初めて行って、建築は連歌なの、と思いました。

そして建築を動かす切っ掛けは掃除だということも教えてもらいました。

建築は、人の体が同時に同じ目的に重なる事で難所を越えます。

場所は、そこに集まる人に帰る記憶で。建築はその舞台で。

普段と、お祭りがあって、小さい集いや大きな集いがあって、

その、こけら落としのようなお祭りを、今月の終わりの頃にやりたい。