2010年8月10日火曜日

建築物の名前 つづき

名前、なんと呼ぶか。

このことは、今回何を作ってるのかを聞かれるたびに、なんて応えたものか

いまいちパキっと応えられなかったことと同じ難しさの問いです。

足がかりにするイメージはある。けれど、それが何か分からない。簡単にイメージを伝えられない。

用途を答えることが出来れば、なんで出来たかの説明になるので、それについて書きます。

みかん祭りのために出来た、と言えばみかん祭りとは何なのかという話に移ってしまうので、

祭りのために出来た、と言ってみます。(※1)

京都には沢山のお祭りがあります。伝統的なものから、その場限りのものまで。

お祭りが出来る場所には条件があって、人が集まれる必要があります。

ここで、誰が集まれるかということが重要です。

主旨、主催者、その場の雰囲気などに制限され、お祭りは輪郭が出来上がります。

この輪郭に弾かれて入れないことも間々ある。

話を私の京都生活に絞ってみます。

伝統的なお祭りではない、人の集いのある場所って例えば

吉田寮は、、、西部講堂は、、、熊野寮は、、、といった場所のイメージと密接に繋がっている。

伝統のお祭りも、町内会や宗派にきっと繋がっている。

このイメージは、過去にそこであった記憶の産物で、沈殿物で、醸造物であるから、

そこで新しいものが出来て、皆にとって知らないものが出来ることが、密接に繋がってしまった

イメージの風通しを良くするのではないかなと期待しています。

リセットされた場所が京都で欲しい。

その代謝に関わりたい、というのはこの企画に参加した動機の一つです。

最初の一転がり目で、何が起こるかなと思って、こけら落としを今月末にやりたい。

(※1)
この「祭り」で言いたい事は、

同所で同時に起きた事を、携わった人が記憶することで

時間に区切りがつくような経験です。

だから何を区切りたいのかが重要になってきます。

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