昨日町内会に挨拶してきました。盆踊り。よりましょー。
仕込み手伝ってくれる方大歓迎です。土曜は一日います。
ではでは
2010年8月26日木曜日
2010年8月24日火曜日
これは空海の龍!

週末のお祭りの準備が良好だ。
当日の場の雰囲気が優しいといいです。
みなさまお誘い合せの上お越しください。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kyoto/news/20100820-OYT8T01257.htm
読売新聞
http://www.kyoto-np.co.jp/education/article/20100802000154
京都新聞
に、掲載されました。
2010年8月20日金曜日
2010年8月17日火曜日
こけら落としの、そのまた準備の夜 8月28日
昨日は送り火でしたね。すっかり秋に向かっているような残暑。
今月にお祭りを。と思っています。
ここは一つ、これからここが、どんな場所にしていくかを
話す、試す、こころみの宴会。こけら落としの準備会。
というのは、準備の過程で決まってくるものがあるだろうし、
そこは、今いる人と共有しておくと、今後の月日にいいのじゃないか
と思ったからです。
ご飯と飲み物くらいあって、鎌田先生法螺貝吹いてくれるとおっしゃってるし、
なんか、まずはばっちりな気がしました。
予定が合う人是非来てください。お待ちしております。
8月28日 17時から夜まで
於:熊野寮中庭尋牛地
のみのもの生ビール・ほうじ茶用意します。
ご飯、考え中。提案即採用募集中。
ごうへい
今月にお祭りを。と思っています。
ここは一つ、これからここが、どんな場所にしていくかを
話す、試す、こころみの宴会。こけら落としの準備会。
というのは、準備の過程で決まってくるものがあるだろうし、
そこは、今いる人と共有しておくと、今後の月日にいいのじゃないか
と思ったからです。
ご飯と飲み物くらいあって、鎌田先生法螺貝吹いてくれるとおっしゃってるし、
なんか、まずはばっちりな気がしました。
予定が合う人是非来てください。お待ちしております。
8月28日 17時から夜まで
於:熊野寮中庭尋牛地
のみのもの生ビール・ほうじ茶用意します。
ご飯、考え中。提案即採用募集中。
ごうへい
2010年8月12日木曜日
2010年8月10日火曜日
建築物の名前 つづき
名前、なんと呼ぶか。
このことは、今回何を作ってるのかを聞かれるたびに、なんて応えたものか
いまいちパキっと応えられなかったことと同じ難しさの問いです。
足がかりにするイメージはある。けれど、それが何か分からない。簡単にイメージを伝えられない。
用途を答えることが出来れば、なんで出来たかの説明になるので、それについて書きます。
みかん祭りのために出来た、と言えばみかん祭りとは何なのかという話に移ってしまうので、
祭りのために出来た、と言ってみます。(※1)
京都には沢山のお祭りがあります。伝統的なものから、その場限りのものまで。
お祭りが出来る場所には条件があって、人が集まれる必要があります。
ここで、誰が集まれるかということが重要です。
主旨、主催者、その場の雰囲気などに制限され、お祭りは輪郭が出来上がります。
この輪郭に弾かれて入れないことも間々ある。
話を私の京都生活に絞ってみます。
伝統的なお祭りではない、人の集いのある場所って例えば
吉田寮は、、、西部講堂は、、、熊野寮は、、、といった場所のイメージと密接に繋がっている。
伝統のお祭りも、町内会や宗派にきっと繋がっている。
このイメージは、過去にそこであった記憶の産物で、沈殿物で、醸造物であるから、
そこで新しいものが出来て、皆にとって知らないものが出来ることが、密接に繋がってしまった
イメージの風通しを良くするのではないかなと期待しています。
リセットされた場所が京都で欲しい。
その代謝に関わりたい、というのはこの企画に参加した動機の一つです。
最初の一転がり目で、何が起こるかなと思って、こけら落としを今月末にやりたい。
(※1)
この「祭り」で言いたい事は、
同所で同時に起きた事を、携わった人が記憶することで
時間に区切りがつくような経験です。
だから何を区切りたいのかが重要になってきます。
このことは、今回何を作ってるのかを聞かれるたびに、なんて応えたものか
いまいちパキっと応えられなかったことと同じ難しさの問いです。
足がかりにするイメージはある。けれど、それが何か分からない。簡単にイメージを伝えられない。
用途を答えることが出来れば、なんで出来たかの説明になるので、それについて書きます。
みかん祭りのために出来た、と言えばみかん祭りとは何なのかという話に移ってしまうので、
祭りのために出来た、と言ってみます。(※1)
京都には沢山のお祭りがあります。伝統的なものから、その場限りのものまで。
お祭りが出来る場所には条件があって、人が集まれる必要があります。
ここで、誰が集まれるかということが重要です。
主旨、主催者、その場の雰囲気などに制限され、お祭りは輪郭が出来上がります。
この輪郭に弾かれて入れないことも間々ある。
話を私の京都生活に絞ってみます。
伝統的なお祭りではない、人の集いのある場所って例えば
吉田寮は、、、西部講堂は、、、熊野寮は、、、といった場所のイメージと密接に繋がっている。
伝統のお祭りも、町内会や宗派にきっと繋がっている。
このイメージは、過去にそこであった記憶の産物で、沈殿物で、醸造物であるから、
そこで新しいものが出来て、皆にとって知らないものが出来ることが、密接に繋がってしまった
イメージの風通しを良くするのではないかなと期待しています。
リセットされた場所が京都で欲しい。
その代謝に関わりたい、というのはこの企画に参加した動機の一つです。
最初の一転がり目で、何が起こるかなと思って、こけら落としを今月末にやりたい。
(※1)
この「祭り」で言いたい事は、
同所で同時に起きた事を、携わった人が記憶することで
時間に区切りがつくような経験です。
だから何を区切りたいのかが重要になってきます。
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