みかん祭りが今年も行われる。2013/12/4 11:00-
2013年11月20日水曜日
2012年12月12日水曜日
みかん祭り総括(2012)
12/21の大会用資料だけど載せます。思い出したら誰か見て。
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みかん祭りは当初予定した開催日時を12/1(土) 11:00から12/2(日) 20:00に順延し、例年と同様AB棟間中庭にある防火用水上の建造物周辺で行いました。以下、今回の開催経緯および今後の検討課題について報告いたします。
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みかん祭りは当初予定した開催日時を12/1(土) 11:00から12/2(日) 20:00に順延し、例年と同様AB棟間中庭にある防火用水上の建造物周辺で行いました。以下、今回の開催経緯および今後の検討課題について報告いたします。
みかん祭りの開催にあたっては、まずみかんを必要とします。注文量は前年に基づき、150kgとしました。購入先は、昨年利用した業者「eふぁーまーず」とする予定でした。しかし注文が遅れたためにこの業者で入荷のめどを立てることができず、東一条通のスーパー「DAILY」に仕入れをお願いしました。商品は約2日弱で手に入り、搬入は店主がトラックで行ってくださいました。支払金額は29500円でしたが、寮祭実の予算を超過した分は、設立者である元寮生の方に負担していただいています。
当初予定していた開催日時は12/1(土) 11:00からでしたが、「みかん祭り保存会」設立者からの要望と、先に述べた商品入荷の事情を勘案し、いったん順延としました。代替案として12/2(日)を考えましたが、日中は他のイベントと時間帯が重なってしまうため、20:00に開始することとしました。参加人数は最も危ぶまれましたが、大階段グリコに参加してきた寮生や、みかん祭りに参加経験のある寮生などに声をかけ、総勢約20名程度と昨年とほぼ同数の方が集まる格好となりました。
ルールの設定等は前回の内容に基づきましたが、参加された方々の意見を随時取り込みながら柔軟に進めていきました。しかし3回戦開始後に近隣の方々から苦情が入り、急遽4回戦目を最終戦として本祭は終了としました。使用されなかったみかんは自由に持ち帰っていただいています。
今回のみかん祭りの課題には、主に ①開催準備の不徹底、②突然の開催日時の変更、③前年度の課題の未消化 の3点が挙げられます。①については、入荷までの計画を十分に把握すべきでした。②に関しては、スケジュール告知後に予定日時を変更したために、見込まれる参加人数を下回っていた可能性があります。また、近隣住民の方々へ変更の告知を行わなかったことは、およそ当然の結果として苦情連絡につながったともいえます。今後は可能な限り予定日時に行うこと、また、万一の変更に際しても他企画とのバッティングを可能な限り避け、事前連絡を徹底していくべきであると考えています。最後に③に関してですが、課題となる①、②は前年度に確認できていたにも関わらず、十分な解決策を講じていませんでした。この他に挙げられた前年の課題で「次年度以降の責任者を決めること」は一応解決できていると言えますが、「「みかん祭保存会」及び「みかん祭保存会」が企画するイベント等に対するイメージの悪さ」については不十分と言わざるを得ません。みかん祭り開催後の清掃はもとより、みかん祭りに興味をもってくださった方々や他多くの寮生への呼びかけなどを意識的に行っていきたいと考えています。
以上の経過報告、検討課題をもってみかん祭りの総括とし、今後の改善に向けて努力していきたいと思います。
2011年12月22日木曜日
みかん祭総括原稿
今夜の寮生大会で提出されるはず、の総括です。
なんとなれば、締切が先週の金曜だったところを昨日の夜に提出したからなのですが。
20分くらいで書いたので突っ込みどころ満載かとは思いますが、取りあえず載せておきます。
――――――――――――――――――――――
12/4(日)に行ったみかん祭はこれまで3回にわたって開催した経緯があるため、準備自体は円滑に進みました。本イベントに使用するみかんは、立案者の牧野氏による手配で入手しています。また、本イベントを行うにあたって「みかん祭保存会」(A203松本、寮外生の林、牧野で構成)では、舞台となるAB棟間の防火用水上の建造物の完成に向けて作業を行いました。
今回は、当初予定していた12/3(土)に行うことができなかったものの、再度の告知により翌日の12/4(日)に開催することができました。参加者は約20名と例年よりやや少なめでしたが、参加者からは「こんなに楽しいものとは知らなかった」との声も聞かれ、一応の成功であったと考えています。また、前年度の開催後に「後始末がろくにされていない」という批判があったことを踏まえ、みかん等本イベントで使用した材料に加えて池の周りの掃除は丁寧に行っています。
しかし一方で、本イベントの開催によりいくつかの課題が残されたとも考えています。すなわち①寮祭実行委員会への企画提出が大きな遅延、②十分な告知のない開催日時の順延、③来年度以降の責任者がいないこと、④「みかん祭保存会」及び「みかん祭保存会」が企画するイベント等に対するイメージの悪さ がこれに当たります。
①は、今後十分に注意を払っていくこと、②は、寮祭の他企画とのバッティングを可能な限り避け、十分な告知を行うこと、③と④は今後関心をもってくれた寮生の方々を初めとし、多くの寮生に対してブロック会議を通じて呼びかけを行うこと、がそれぞれの対策として考えられます。今後の提議によって、寮祭企画としてのみかん祭をより改善するための検討を行っていきたいと思っています。
なんとなれば、締切が先週の金曜だったところを昨日の夜に提出したからなのですが。
20分くらいで書いたので突っ込みどころ満載かとは思いますが、取りあえず載せておきます。
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12/4(日)に行ったみかん祭はこれまで3回にわたって開催した経緯があるため、準備自体は円滑に進みました。本イベントに使用するみかんは、立案者の牧野氏による手配で入手しています。また、本イベントを行うにあたって「みかん祭保存会」(A203松本、寮外生の林、牧野で構成)では、舞台となるAB棟間の防火用水上の建造物の完成に向けて作業を行いました。
今回は、当初予定していた12/3(土)に行うことができなかったものの、再度の告知により翌日の12/4(日)に開催することができました。参加者は約20名と例年よりやや少なめでしたが、参加者からは「こんなに楽しいものとは知らなかった」との声も聞かれ、一応の成功であったと考えています。また、前年度の開催後に「後始末がろくにされていない」という批判があったことを踏まえ、みかん等本イベントで使用した材料に加えて池の周りの掃除は丁寧に行っています。
しかし一方で、本イベントの開催によりいくつかの課題が残されたとも考えています。すなわち①寮祭実行委員会への企画提出が大きな遅延、②十分な告知のない開催日時の順延、③来年度以降の責任者がいないこと、④「みかん祭保存会」及び「みかん祭保存会」が企画するイベント等に対するイメージの悪さ がこれに当たります。
①は、今後十分に注意を払っていくこと、②は、寮祭の他企画とのバッティングを可能な限り避け、十分な告知を行うこと、③と④は今後関心をもってくれた寮生の方々を初めとし、多くの寮生に対してブロック会議を通じて呼びかけを行うこと、がそれぞれの対策として考えられます。今後の提議によって、寮祭企画としてのみかん祭をより改善するための検討を行っていきたいと思っています。
2011年12月6日火曜日
第4回みかん祭の報告
ぼくからも簡単に報告を書いておきます。
第4回のみかん祭、本来なら12/3(土)16:00から開催予定だったのですが、他の2,3企画ともろにバッティングし、17時開催に変更。それでも人が集まらず、寮の同窓会も始まるので今度は20時に宴会で声かけてなだれ込めるかと提案したけれど、そういう流れは難しいだろう、と一旦終了の21時に変更。 T君に声かけを頼んだものの、宴会参加者の反応が超薄く、なし崩しに「延期」。すわ1週間後になるかと思いきや、四条大運動会の〆にかぶせることとなり、二番煎じ呼ばわりされながらも順延日もやっと翌日の17時に決定した、と。こういう経緯であります。
日程は当然のことながらパンフレットにて告知していたため、顔を出してくれていた人たちは何人かいました。
ある子は、「今日バイトなんですけど、去年も参加してたんですよ。いいなあ出たいなあ、ちょっと電話してみます、店長こわいんだよな…あ、もしもし、昨日私要らないかもっていってたじゃないですか、その確認なんですけど……あ、はい、分かりました失礼しまーす…皆さん楽しんでください(泣)」残念。
前もって期待してくれていた人たちが日曜に参加したかというと、実際の参加者は大運動会参加者が大半といったところ。数えて20人弱の方々の参加でした。
今回は東西軍に分かれて、鉄管の先に刺したみかんを落とすのが基本ルール。
こちらで用意した合羽を任意で使ってもらい、剥いたみかんを投げてもらいます。投げたみかんが建造物に当たり、見事なしぶきを上げて散っていました。やたらなところにぶつかってエライ音を上げていましたが、それも一興です。窓が割れたり苦情が上がらなければ、一応セーフです。
いつのまにか相手軍の参加者も標的になっていたりと、例年通りの白熱ぶりではあったようです。3回戦まで分かれ、参加者のテンションも途切れることなく盛り上がっていました。
「こんなに楽しいものだとは思わなかった」という声も聞かれ、ひとまずの成功だと言えるでしょう。
---------------
今回の反省点としては、開催日時の不明確さが最も大きかったと思います。
①寮祭企画との多数バッティング、②後手に回った声かけ・宣伝あたりが原因でしょうか。
バッティングに関しては、あらかじめ寮祭の予定を把握しておけばもう少しは回避できたはず。
宣伝・声かけは、今回のようにネックとなる人をつかまえ、宣伝依頼を早めにしておくべきでした。
あと、ろくに声かけやらなくてすいませんでした。
時間の遅さは、ムードとしては問題ないはずだけど、やはり日中より寒かった。
「時間が遅い」ことが、人が集まらなかった理由の一つかもしれません。
そんなん言ったら、何時でも来ない人は来ないのですが。
また、前回みかん祭の開催後、後始末等が問題になっていました。
夏に祭りを行うつもりでブロック会議に遅く提議した際に、半分超の方々は好意的ではありましたが、一部では「去年は後片付けもろくにしていなかった」「中庭の金魚が死んだのはそのせいじゃないのか」「周知もなく騒がれるのは不快だ」という意見もありました。
これらはほとんど感情的で言いがかりに近いものがありますが、このような意見が出ること自体、みかん祭に対するイメージがそこまで良くなかったことの現れでもあると思います。
今回、中庭周りの掃除はかなり徹底的にやったと思いますし、音は中庭内で聞こえる程度のものでした。
今後みかん祭、建造物まわりでのイベントを定期的に開催していく際、まず「みかん祭保存会」として独立した組織を寮公認とすること、責任者を継いでくれる下の若い子を探すことが肝要です。
「保存会」は、半年後の寮生大会までに提起できるよう、ブロック会議に出していきます。
若い子は、同じ部屋のアメフト君を当たってみます。
第4回のみかん祭、本来なら12/3(土)16:00から開催予定だったのですが、他の2,3企画ともろにバッティングし、17時開催に変更。それでも人が集まらず、寮の同窓会も始まるので今度は20時に宴会で声かけてなだれ込めるかと提案したけれど、そういう流れは難しいだろう、と一旦終了の21時に変更。 T君に声かけを頼んだものの、宴会参加者の反応が超薄く、なし崩しに「延期」。すわ1週間後になるかと思いきや、四条大運動会の〆にかぶせることとなり、二番煎じ呼ばわりされながらも順延日もやっと翌日の17時に決定した、と。こういう経緯であります。
日程は当然のことながらパンフレットにて告知していたため、顔を出してくれていた人たちは何人かいました。
ある子は、「今日バイトなんですけど、去年も参加してたんですよ。いいなあ出たいなあ、ちょっと電話してみます、店長こわいんだよな…あ、もしもし、昨日私要らないかもっていってたじゃないですか、その確認なんですけど……あ、はい、分かりました失礼しまーす…皆さん楽しんでください(泣)」残念。
前もって期待してくれていた人たちが日曜に参加したかというと、実際の参加者は大運動会参加者が大半といったところ。数えて20人弱の方々の参加でした。
今回は東西軍に分かれて、鉄管の先に刺したみかんを落とすのが基本ルール。
こちらで用意した合羽を任意で使ってもらい、剥いたみかんを投げてもらいます。投げたみかんが建造物に当たり、見事なしぶきを上げて散っていました。やたらなところにぶつかってエライ音を上げていましたが、それも一興です。窓が割れたり苦情が上がらなければ、一応セーフです。
いつのまにか相手軍の参加者も標的になっていたりと、例年通りの白熱ぶりではあったようです。3回戦まで分かれ、参加者のテンションも途切れることなく盛り上がっていました。
「こんなに楽しいものだとは思わなかった」という声も聞かれ、ひとまずの成功だと言えるでしょう。
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今回の反省点としては、開催日時の不明確さが最も大きかったと思います。
①寮祭企画との多数バッティング、②後手に回った声かけ・宣伝あたりが原因でしょうか。
バッティングに関しては、あらかじめ寮祭の予定を把握しておけばもう少しは回避できたはず。
宣伝・声かけは、今回のようにネックとなる人をつかまえ、宣伝依頼を早めにしておくべきでした。
あと、ろくに声かけやらなくてすいませんでした。
時間の遅さは、ムードとしては問題ないはずだけど、やはり日中より寒かった。
「時間が遅い」ことが、人が集まらなかった理由の一つかもしれません。
そんなん言ったら、何時でも来ない人は来ないのですが。
また、前回みかん祭の開催後、後始末等が問題になっていました。
夏に祭りを行うつもりでブロック会議に遅く提議した際に、半分超の方々は好意的ではありましたが、一部では「去年は後片付けもろくにしていなかった」「中庭の金魚が死んだのはそのせいじゃないのか」「周知もなく騒がれるのは不快だ」という意見もありました。
これらはほとんど感情的で言いがかりに近いものがありますが、このような意見が出ること自体、みかん祭に対するイメージがそこまで良くなかったことの現れでもあると思います。
今回、中庭周りの掃除はかなり徹底的にやったと思いますし、音は中庭内で聞こえる程度のものでした。
今後みかん祭、建造物まわりでのイベントを定期的に開催していく際、まず「みかん祭保存会」として独立した組織を寮公認とすること、責任者を継いでくれる下の若い子を探すことが肝要です。
「保存会」は、半年後の寮生大会までに提起できるよう、ブロック会議に出していきます。
若い子は、同じ部屋のアメフト君を当たってみます。
2011年12月5日月曜日
みかん祭り 第四回 2011
みかん祭りが12月4日17時より行われた。参加者は20名ほど。
今年のみかん祭りは、夕暮れ過ぎから始まったところが過去と
異なるところ。暗くなってきた青空には星や半月が出てました。
みかん祭りとは、みかんを投げ合い、互いにみかんを浴びる祭り。
ただ、なんだかゲーム性を持たせるため二手に分かれ、相手の的
を先に射抜いた方の勝ち。としている。
毎年、若干の変更が投げあいの直前や最中に加わるのが面白い。
みかんはむいてから投げる、というルールも、二回目から加わり
今年も採用された。これにより、食べるか投げるか、食べて投げるか
等々バリエーションが広がった。食べてもおいしいみかんを投げる。
果たしていかがなものかと思うが、食べものが空から降ってくるのは
今年もすごい状況だった。
今年は、モニュメントの足場が残っているため、足場の高い単管の上に
みかんを据え、的とした。
三回やって東二勝、西一勝。だけど最後の一回西が勝ったから西の勝ちが今年の結果。
第二戦目に、すぽんと西の的を得た投柑は素晴らしい軌道を描いたのが印象に残りました。
今年も1ダース以上の箱入りみかんを提供した、まきし。いえーい。
全身にたっぷりみかんを浴びた参加者の皆様。来年もお体大切に。
今年のみかん祭りは、夕暮れ過ぎから始まったところが過去と
異なるところ。暗くなってきた青空には星や半月が出てました。
みかん祭りとは、みかんを投げ合い、互いにみかんを浴びる祭り。
ただ、なんだかゲーム性を持たせるため二手に分かれ、相手の的
を先に射抜いた方の勝ち。としている。
毎年、若干の変更が投げあいの直前や最中に加わるのが面白い。
みかんはむいてから投げる、というルールも、二回目から加わり
今年も採用された。これにより、食べるか投げるか、食べて投げるか
等々バリエーションが広がった。食べてもおいしいみかんを投げる。
果たしていかがなものかと思うが、食べものが空から降ってくるのは
今年もすごい状況だった。
今年は、モニュメントの足場が残っているため、足場の高い単管の上に
みかんを据え、的とした。
三回やって東二勝、西一勝。だけど最後の一回西が勝ったから西の勝ちが今年の結果。
第二戦目に、すぽんと西の的を得た投柑は素晴らしい軌道を描いたのが印象に残りました。
今年も1ダース以上の箱入りみかんを提供した、まきし。いえーい。
全身にたっぷりみかんを浴びた参加者の皆様。来年もお体大切に。
2011年1月21日金曜日
みかん祭り保存会新歓企画(案)
2011年5月5日「みかんa Go Go」
表テーマ:みかん祭り保存会新歓 「みかん a Go Go!」
浦テーマ:熊野寮生吉田寮生の合同企画 「吉!絶好調!熊!」
新年になりました。春が来ます。
作業再開を計画してます。さらに新歓も計画してます。
熊野ビオトープは、計画当初から数えますと早3年目を迎えようとしています。
この春の作業で、足場も外し、一通りの完成を目指します。
そこで、この春には、新歓企画が行えるなと考えた次第です。
吉田寮に住んでいた私に、熊野寮の牧野さんから話が来た、熊野ビオトープ。
吉田と熊野の架け橋になったらいいなと、今でも思っていまして、
吉田寮耐震工事行われず、熊野寮耐震工事行われる。
という自治寮を巡る建物の状況も、もう少し寮生間で話をする機会があってもよいなとも思いまして。
吉田寮で1年前に行われた「自力補修を行う」というスローガンの企画にも関わらしてもらっていて
その話も動かして行きたくて、なんかできたらいいなとまぜこぜに考えました。
まだ曖昧な企画を分かりやすく説明することはできませんが、
なぜ曖昧な企画を思いついたか説明します。
昔の西部で行われたライブの映像をみていたら、
吉!絶好調!の映像にリンクしていて、私の昔作った、くじらアパート
の映像もリンクしていて、なんか次の企画、、と思ったのです。
2010年8月に熊野ビオトープで行われた盆踊りの動画もアップしようと思いました。
表テーマ:みかん祭り保存会新歓 「みかん a Go Go!」
浦テーマ:熊野寮生吉田寮生の合同企画 「吉!絶好調!熊!」
新年になりました。春が来ます。
作業再開を計画してます。さらに新歓も計画してます。
熊野ビオトープは、計画当初から数えますと早3年目を迎えようとしています。
この春の作業で、足場も外し、一通りの完成を目指します。
そこで、この春には、新歓企画が行えるなと考えた次第です。
吉田寮に住んでいた私に、熊野寮の牧野さんから話が来た、熊野ビオトープ。
吉田と熊野の架け橋になったらいいなと、今でも思っていまして、
吉田寮耐震工事行われず、熊野寮耐震工事行われる。
という自治寮を巡る建物の状況も、もう少し寮生間で話をする機会があってもよいなとも思いまして。
吉田寮で1年前に行われた「自力補修を行う」というスローガンの企画にも関わらしてもらっていて
その話も動かして行きたくて、なんかできたらいいなとまぜこぜに考えました。
まだ曖昧な企画を分かりやすく説明することはできませんが、
なぜ曖昧な企画を思いついたか説明します。
昔の西部で行われたライブの映像をみていたら、
吉!絶好調!の映像にリンクしていて、私の昔作った、くじらアパート
の映像もリンクしていて、なんか次の企画、、と思ったのです。
2010年8月に熊野ビオトープで行われた盆踊りの動画もアップしようと思いました。
2010年12月13日月曜日
第三回みかん祭り
12月12日熊野寮祭最終日の12時から第三回みかん祭りが行われました。
みずみずしいオレンジ色の粒が灰色の空に舞って華やかでした。
12時の時点で、石川さん(今年の代表一回生)、昌平さん、私の三人でみかん7箱140kgを中庭に運びました。
みかん祭りに用いられる道具は、投げられるみかんと、当てられる標的(御神体と呼ばれる)です。
それが、池のあるあの場にあって、参加者がいれば準備万端。
ということで、“御神体”今年何にしようという話になりました。
みかんがあたって倒れればいいので、去年はポリバケツが使われました。
今年は木を一杯使ったので、杉板を用いることにしました。
ここでみかん祭りを説明します。池を挟み東西、二軍に分かれ、自陣から相手陣の御神体をみかんを
投擲によって倒せば勝利となります。勝つと何ということはないのですが、皆熱中するのでそれは置いといていいようです。
御神体は池に面した自軍中央に据えられます。
おおむね、このようなほとんどルールの無い状態で始まり幾戦か繰り返されるうちに、
あっという間に終わらず、かといって長引きすぎもせずという状態を目指してルールが変更されていきます。
たとえば、「御神体をダンボールで守るの無しやわー。全然当てられへんやんか」
「防御に道具を使うのなしにします。これからは身体一つでやってください」
といった具合です。
面白いルールでは、初年度に改められ採用され続けている「みかんの皮は剥いてから投げる」
というのがあります。
これは、あっという間に投げきってしまいなんか、、という果てに採用され、今なお採用されている
ルールです。これのルールは、試合と試合の間に皆作戦を立てながら黙々と皮を剥き続けるという
素敵な光景を生み出しました。何に素敵さを感じるかというと、皆みかんを剥くのが上手いのです。
これは、一朝一夕になせる技ではありません。皆、このために冬のこたつでセッセと
研鑽を積んできたのが分かります。素敵。
さておき、今年は6戦行われ、最終的に東軍が勝利しました。
星取表は東西東西東東東 でした。
6戦行いましたが、最初は3戦行い先に二勝したら勝ち、と始めましたが、結局6戦行いました。
このように、暫時ルールが形を定めずに、何らかの良い方向を目指して変化していくという遊び、“まつり”
がなんだかとても興味深く見えた今年のみかん祭りでした。
参加者は11対11で行い、途中入れ替わりが多少あり、延べ30名ほどの参加がありました。
神戸から聞きつけて来てくれた方もありました。ありがとうございます。
これは、石川さんを始め昌平さんらのおかげで集まった人数といえましょう。去年と変らぬ盛り上がりが
ありました。ある部分ではそれ以上。しかしギャラリーが去年より少なかった。
これは、あれだけ構造物を作るのに時間を割いていながら、直前まったくたく動けなかった私を初めとする
みかん祭り保存会の手落ちです。来年頑張ります。牧野さんみかんの手配ありがとうございます。
とかく、なんとか今年も年が越せそうな気に成ったので不思議なものです。
まつり後のみんなで池の周りの大掃除、行ける人は船岡温泉!というコースも素晴らしかった。
池の中の掃除は保存会でやることになったので、保存会の大掃除はもう一度ありそうです。
では。今年のみかん祭りの報告は以上です。
皆様の御意見等ございましたら、是非是非ご連絡ください。
来年もまた遊びましょう。
みずみずしいオレンジ色の粒が灰色の空に舞って華やかでした。
12時の時点で、石川さん(今年の代表一回生)、昌平さん、私の三人でみかん7箱140kgを中庭に運びました。
みかん祭りに用いられる道具は、投げられるみかんと、当てられる標的(御神体と呼ばれる)です。
それが、池のあるあの場にあって、参加者がいれば準備万端。
ということで、“御神体”今年何にしようという話になりました。
みかんがあたって倒れればいいので、去年はポリバケツが使われました。
今年は木を一杯使ったので、杉板を用いることにしました。
ここでみかん祭りを説明します。池を挟み東西、二軍に分かれ、自陣から相手陣の御神体をみかんを
投擲によって倒せば勝利となります。勝つと何ということはないのですが、皆熱中するのでそれは置いといていいようです。
御神体は池に面した自軍中央に据えられます。
おおむね、このようなほとんどルールの無い状態で始まり幾戦か繰り返されるうちに、
あっという間に終わらず、かといって長引きすぎもせずという状態を目指してルールが変更されていきます。
たとえば、「御神体をダンボールで守るの無しやわー。全然当てられへんやんか」
「防御に道具を使うのなしにします。これからは身体一つでやってください」
といった具合です。
面白いルールでは、初年度に改められ採用され続けている「みかんの皮は剥いてから投げる」
というのがあります。
これは、あっという間に投げきってしまいなんか、、という果てに採用され、今なお採用されている
ルールです。これのルールは、試合と試合の間に皆作戦を立てながら黙々と皮を剥き続けるという
素敵な光景を生み出しました。何に素敵さを感じるかというと、皆みかんを剥くのが上手いのです。
これは、一朝一夕になせる技ではありません。皆、このために冬のこたつでセッセと
研鑽を積んできたのが分かります。素敵。
さておき、今年は6戦行われ、最終的に東軍が勝利しました。
星取表は東西東西東東東 でした。
6戦行いましたが、最初は3戦行い先に二勝したら勝ち、と始めましたが、結局6戦行いました。
このように、暫時ルールが形を定めずに、何らかの良い方向を目指して変化していくという遊び、“まつり”
がなんだかとても興味深く見えた今年のみかん祭りでした。
参加者は11対11で行い、途中入れ替わりが多少あり、延べ30名ほどの参加がありました。
神戸から聞きつけて来てくれた方もありました。ありがとうございます。
これは、石川さんを始め昌平さんらのおかげで集まった人数といえましょう。去年と変らぬ盛り上がりが
ありました。ある部分ではそれ以上。しかしギャラリーが去年より少なかった。
これは、あれだけ構造物を作るのに時間を割いていながら、直前まったくたく動けなかった私を初めとする
みかん祭り保存会の手落ちです。来年頑張ります。牧野さんみかんの手配ありがとうございます。
とかく、なんとか今年も年が越せそうな気に成ったので不思議なものです。
まつり後のみんなで池の周りの大掃除、行ける人は船岡温泉!というコースも素晴らしかった。
池の中の掃除は保存会でやることになったので、保存会の大掃除はもう一度ありそうです。
では。今年のみかん祭りの報告は以上です。
皆様の御意見等ございましたら、是非是非ご連絡ください。
来年もまた遊びましょう。
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